2002年6月号

 八百屋の店先に並んだ旬の野菜のほれぼれするようなきれいさ。春の野菜のめじろおしは、そのなかでも楽しみのひとつでした。

 春の野に、花が咲いて草が萌えて生気が溢れていくさまを、山が笑う、というそうです。山が笑うなんて面白い言葉だなあ。ニッコリ微笑むというよりも、もっと豪快な笑い。きっとこの場合の山は、どうしてだろう、おじさんを想像してしまいます。

 先月のグルッペ通信、レストランのおいしいレシピ欄「冬眠から覚めたクマが真っ先に食べるのが、ふきのとう」も、とっても気に入ってるおハナシ。絵本みたいで。

 春の苦みのある野菜が、冬の間に溜まった体の悪いものを外に出してくれたり、これから出回る夏の野菜が、暑い季節を過ごしやすくするために、体を冷やしてくれるということ。

 人も動物もみんな、四季の移りかわりや、毎日の天気や、地球のうえで起こる全てのことと一緒に生きていると感じて、壮大さにびっくり。

 お腹がすいたら何か食べたいというのは、あたりまえの欲求だけれども、それが自分の肌になり髪になり、生きてゆくエネルギーになるのなら、おろそかになりやすいけれども、「食べる」は、本当にいちばんに考えなければならない。

 栄養価やさまざまなデータ(コレはコノようにイイ)よりももっと、自分の気持ちやカンを信じて、体に目を向けていれば、たくさんのメッセージを受け取ることができるし、そしてやっぱりおいしいものを楽しく食べた時の、あのしあわせーな感じがホンモノ。

 誰かに何かを食べてもらいたい、一緒に食べたいという気持ちはそのひとがとても好きで、大切にしたいというのとつながっていると思います。家族や友達や好きなひとに。ものを食べておいしいと感じるしくみは、音楽を聴いたり風景をみたり恋愛をしたりする時のように、脳みそにダイレクトで、余計ないいわけや言葉なんかいらないようです。

 泥のついた新人参を洗う時のいい匂い、火を通すと、緑がぱっとあざやかになる春キャベツ。アクのつよいごぼうも、油といっしょになるとそのえぐみが甘い味に変わること。

 スーパーなどでは見られなくなってしまった、葉のついた根のついた、畑にいた時そのままの姿かたちを思わせる、人参、セロリ、大根。暑さ寒さやその日の体調によって、甘くも辛くも苦くも感じてしまう繊細さ。

 いつも多くの、うれしさや驚きを見つけて厨房にたっています。目で見て、香りをかいで、味わって、すべてを楽しめる力強い野菜には食事の前にいつも言う「いただきます」の「いただく」ということを思いださせてくれます。

 そして目の前にあるお皿のなかだけでなく、もっとたくさんのものやことを頂いている私たち。

 こんなつながりを感じたりの、少しずつ何かを 探してゆく毎日です。レストランで仕事をして調理にたずさわるというこつとに、改めて真摯な思いがします。

 今回このグルッペ通信の、なんとトップ記事!を書く大役を仰せつかいましたが、自分の中から思いがけない気持ちや言葉が飛び出してきて、大変楽しいことでした。

 拙い文章ですが、読んで頂いてありがとうございました。レストランへのご来店グルッペの力強い野菜とともにお待ちしております。

 つけたし。ちなみに冒頭の、山笑う、の反対語は、山眠る。俳句に使う言葉だそうだけれど、泣いたりなんかしなくって、あっさり寝っちゃっていいね、おじさん。    

 (レストラン 上野)