2004年6月号



 番外編 「JAC無惨」 文:稲津恒巳
 お客様方もすでにお気付きかと思われますが、グルッペ店内の陳列棚に、商品の欠品でガラガラの場所が見られます。

 これまでグルッペ物語でお話してまいりした、メインの仕入先である流通センター「JAC」が4月27日をもって自己破産し、その為に多くの商品の入荷がストップしたのです。お客様方には、長年にわたり御愛用いただいた商品が入手出来なくなりました事、深くお詫び申し上げます。

 我がグルッペが創業以来、安定的に取引の続いてきたJACが、このような結果を迎えたという事は、誠に残念でなりません。今日、有機農産物とそれ等を原料として加工したオーガニック食品が、消費者の間でもより注目を浴び、さらにその市場性が拡がりつつあります。その状況下において、このような結果を迎えざるを得なかった事は、会社としての運営体制、管理体制に致命的な弱点、欠陥があっただろう事は充分に推測できることです。

 私は、それでも尚、なぜ倒産してしまったのかと云う疑問を払拭できないのです。事実、JACの経営が大変危ないという噂は関係者の間で就中話題となり、グルッペにも地方の生産者、製造者からも常々問い合わせがありました。そして、そのような噂に私もこの世界での仕事に携わる者として心を痛めておりました。しかし、人様の会社のことである故に私の方からJAC社長に話を切り出すわけにもゆかず、迷っておりました。

 JACとは、卸しと小売りという立場の違いはありながらも28年間にわたって苦楽を共にしてきました。ある時期はJACブランドの商品の企画や開発をお手伝いしたり、ある時期は倒産店舗の再建に協力したりと、JACの経営を側面から支援して来ただけに、早い段階で相談があれば微力ながらも協力はできた筈でした。

 事実、JAC社長より昨年の暮れから今年の一月に掛けて、そうした要請で何度かお会いし、支援の協力要請という話はありました。しかしそれは一般的支援という話にとどまり、具体的につっこんで話し合うという状態にはならず、話し合いは物別れに終わってしまいました。

 もしあの時、より具体的な支援要請の中味が提案されていれば、少し違った方向性も出てきたのではないかと、今となって悔やまれてならないのです。この窮状に対し、JACの抱える問題点、経営の中味を明らかにして、JACをこれまで有形無形に支援して下さっていた生産者、製造者、小売店に広く呼びかけ、必要資金を増資によって賄い、従来の経営体制を刷新し、JAC社長は責任をとって退職し、新たな執行体制で再建に立ち向かうという、という方法もとり得たのではないかと…。そして現実的で唯一の解決の方法は、この方法しかなかったのではないかと私は考えております。

 倒産後に分かった事ですが、JAC社長は同業他社や事業に関連する有力な事業者に再建と会社の身売りを依頼していたようです。しかし、良い返事はもらえず、倒産に至る時間との闘いの中で、刀折れ矢尽きるといった状態で不幸な結末を迎えてしまったのでした。

 倒産後、明らかになったJACの債務は私の予想を上回る金額でありました。毎月の売上げ規模約3ヶ年分の赤字金額ということでしたが、事業規模月商流通マージンの薄い問屋業務にとって、この債務を決裁するのは至難の業です。これまでの事業展開で蓄積した資産があれば、それを処分して返済にまわす事も可能だったでしょうが、資産というものが無きに等しい事業会社であるためそれも無理で、最低限、月々の運営経費を確実に消化できる売り上げを達成する以外に、その事業継続は不可能だったのです。 

 私がさらに驚いたのは、小売りに卸した商品の未回収代金が、創業から今日に至るまで総額約一億円もあるということです。普通の事業会社であれば、支払い状況の悪い取引先は即取引停止という措置を取りますが、JACは心底から零細な有機八百屋に暖かい眼差しとやさしさを持っていたということでしょうか。

 JACの志、「有機流通(生産者─流通─小売り─お客様)の互いの顔が見える関係」を目指して結集した青年達の一部が、かくもJACに対して、生産者に対して、そして仕入れの大半をJACに依存していた、小規模ではあるけれど頑張っている有機八百屋の若者達に大きな迷惑と負担を掛けたことに、私は落胆と憤りで胸がいっぱいです。

 そして、そうした一部の罪深い人々が、仕入れた商品に対して支払いをするという商取引の信用と、社会的常識を履行しないで、自分たちの夢や思い、さらには環境問題を世間に語っている姿を想像すると、そのシラジラしさがこみ上げてくるのです。倒産という現実の前に、最初は運命論か宿命論として受け入れざるを得ないと考えておりましたが、今、一日一日と時が経つごとに怒りに変わっていく自分を見つめております。

 JAC社長、創業以来28年間の長き間本当にご苦労さまでした。

(代表 稲津 恒己)

次号へ続く…