2003年11月号

 
第10回 文:稲津恒巳
 レストラン開店にあたり、1982年の秋頃から準備を始め、お客様方の資金援助を受けながら、旧知の設計家に店舗の設計をお願いし、翌年明けより実施することになりました。

 八百屋の仮店舗をどこにするか近隣の空店舗を色々物色していたところ、近くに新築で内装が完成していないビルがありました。ビルのオーナーさんに飛び込みで3ヶ月間の賃貸をお願いしたところ、近所の誼ということもあって快諾いただきました。仮店舗をどこにするかは、常時ご利用いただくお客様のご都合も考慮しなけなければならなかったため、近くに確保できたことは誠に幸運でした。また、経営状態万全の状態といっても、小規模経営のためホットひと安心した次第です。

 翌年1月下旬より、いよいよ工事を始めたわけですが、工事期間は2ヶ月半、1階の八百屋も含めて、全面改装工事となってしまいました。レストラン開店にあたって2階への階段を店舗前面に作り直さなければならないため、それまで店の奥にあった階段を撤去し、商品の陳列棚や、水洗い場等、全面的に配置換えをしなければならなかったからです。

 店舗設計にあった工事見積金額と絶対的に乏しい開店資金の溝を埋めるには、工事費用を一つ一つ切り詰めて、安く仕上げなければならなかったのですが、見積もりに含まれていない突発的な工事があったりと、工事業者と打ち合わせの都度の金額上昇には本当にヤキモキしたものでした。

 資金の不足分は開店後、1年間の毎月均等分割払いで業者との約束を取り付け、私も資金の捻出に腹を括ったわけですが、総額1千万円近い金額の工事を業者に委託する、ということを経験したのは、以後の設備工事、店舗工事に大いに勉強になりました。素人だと思って適当な見積もりをしていないか、手抜き工事をやっていないか、見積書に不要な項目はないか、工事金額の水増しや見積もりの項目通りに工事がされているか、今では一つ一つ指摘できるように習熟する事ができました。

 さて、本題に戻りますと、店舗全体の造りは誰からの評価も良かったのですが、スタッフが常時活躍する厨房の設計は、レストランの厨房と言うよりは喫茶店の厨房のようなもので、大誤算であったことがスタッフたちの打ち合わせで分かりました。

 設備機材・什器等がスタッフの動きや作業性を考慮されて配置されていなかったため、非常に使い勝手が悪かったのですが、狭い空間の中では、完成した後どうすることも出来ず、このまま使用せざるを得ませんでした。

 そして“料理好きな4人の女性たち”のブーイングをまともに受けながら開店するハメになったわけですが、創業時からのメンバーである有川弘子氏を中心に、スタッフ4人で運営するといっても、レストランの営業時間は八百屋の営業時間に比べても遙かに長いものでした。

 仕込み準備のため、朝は8時30分の出勤で、営業が終わる午後の10時に後かたづけをして、夜の11時に帰路に着くという、メチャメチャな勤務時間体系では体が続く筈がありません。スタッフの一人は大田区自由が丘からの通勤でしたから、その大変さは、想像の外というべきでしょうか。

 いくら安全な食材で調理した美味しい料理をお客様に楽しんでもらおうと高尚な気持ちを持っていたとしても体の疲労には打ちかてず、スタッフには本当に大変な思いをさせてしまったようです。

 そうした疲労感は仕事の上にも現れ、朝から晩まで狭い厨房で仕事をしていると、いくら仲良しの4人組でも時にはイラつくこともあるでしょう。調理方法や、手順の行き違いや、料理の味に関して、スタッフ間のチョットしたトラブル等が現れてきました。

 ある時、客席で私が友人と一緒に料理を楽しんでいると、厨房の方から非常に「抑制されたヒソヒソ声」で口喧嘩が始まっているではありませんか。さらに耳を澄ましていると洗い場からガチャガチャと「非常に抑制された食器類が壊れる音」が入ってくるではありませんか。誰かが、静かに注意して事なきを得たようですがこうした出来事は、結構あったようです。

 中でも極め付けは代表者である私とあるスタッフの口喧嘩です。私が食べたランチでみそ汁がぬるかったため、それとなく注意したところ、当のスタッフは料理にイチャモンを付けられたと思って、カーッと頭に血が上ったのでしょう。そのとき返ってきた言いぐさは…「稲津さんはまずいと言っていますが、他の多くのお客様はおいしいおいしいと誉めてくれますッ!」なんと鼻っぱしの強い女性でしょう!それに対して私の返答もまた、「馬鹿野郎!俺がまずいと言っているんだからまずいんだッ!!」勿論こんな言葉のやりとりをお客様のいる前でする筈はありませんが、とにかく、いつもお客様に心から料理を楽しんでもらう、喜んでもらうというおもてなしの心構えに緩みがあったのでしょうか。

 お客様からもそれとなく料理の味が濃かったり淡かったりと、コーヒーやみそ汁がぬるかったりと愛情のこもった助言や注意など頂いたものです。

 あれやこれや、いろいろな出来事を経験しながら、“料理好きの4人の女性”スタッフも大きく成長し、4人が6人になり、レストラン経営が少しずつ安定していくのに開店後6ヶ月ぐらいかかったように思います。

 そして、4人のスタッフの名誉のために一言申し伝えておきますと、料理の腕とお人柄は、何処に出ても全く申し分はない、愛すべき女性達であることは間違いありません。