2003年5月号

 第5回  文:稲津恒巳
 続グルッペ物語もいよいよ佳境になってきた感があります。欲張ってあの事もこの事も書かなくチャーと、アイデアは脳裡に次々に浮かんでくるのですが、いざまとめて読みやすい文章にしようとすると、ついつい考えすぎるのか、ペンが一歩も進まないという不幸な結果になってしまうのです。表現力の貧しい我が迷文家の限界なのでしょう。ペンの運びは相変わらず重々しいタッチで、思わず“誰か助けてくれー”と独白する始末なのです。

 さてさて、八百屋稼業の2,3年目は、小規模ながらも二人の生活を支えて行く上では過不足なく、仕事の面白さも日々充実してくる毎日でした。お客様も少しずつ増え、売上も少しずつながら上がってきました。それに伴って取り扱い商品も増大し、その陳列スペースを確保するため、狭い店内の改装など自前の大工仕事も多くなり、さらには車による荷物の移動販売開始で、いよいよ時間に追われる毎日となってきました。

 有機野菜・自然食品という言葉が一般化し、各地のスーパーでも比較的簡単にそれらが購入できる現在から思えば、誠に隔世の感ですが、70’〜80’年代前半において、「有機農産物」および「自然食品」というような言葉は、大消費都市でさえ、ほんの一部で使われている程度であり、それも、一部の意識的消費者の需要を満たすだけのものだったのです。そして、自然食品店は、70’年代始めよりぽつぽつと各地に展開され始めましたが、一般食品の流通の規模から比較すると各オーガニック商品の流通は非常に限定的・閉鎖的な状態でした。この限定的な流通も、自然農法を提唱する各宗教団体の信者の皆さん、また都市にあって食品公害・添加物に危機感を抱く消費者団体の皆さんと地方の生産者との結びつきの中で、もしくは戦前より桜沢如一先生の基、食養(玄米正食運動)を提唱するCI協会を始めとする後継者の方々の活動によって、少しずつ展開してきたものでした。そんな時代状況の中、75’・76’年とほぼ同時期に、安心・安全、有機農産物の流通を専業とする「大地を守る会」と「ジャパン・アグリカルチャー・コミュニティ(JAC)」が発足したのでした。

 発足当初、「大地を守る会」は共同購入による会員への販売を目的とした生協型組織として、「JAC」は不特定多数の消費者への販売を目的として発足しました。当時のJACについて説明すれば、個々の車による移動販売を主力として、一人一人独立事業者への卸しのスタイルをとっていました(なぜ車による移動販売かといえば、店舗を展開できる資金余力のない青年たちの集まりであったためです)。そして、生産から八百屋の店頭に至るモノの流れがより鮮明になるに従って、生産者の思いや畑の状況の伝達を含めて、商品の流通を担い、私たち八百屋を背後で支えてくださったJACの若きメンバーの活躍には、多くの感銘を受けてきました。JACの働きは、受発注体制、産地での青果物の手当てと確保、品質管理など、未だ未だ取り扱い仕様の未確定の部分があったこともあり、大変な仕事だったと思います。創業代表者である荒川絹夫氏、水野義太氏(旧姓吉田氏)を含め当時24・25才の青年達による、24時間、朝から晩まで獅子奮迅の活躍(それも僅かな報酬で)には、当時私たち八百屋グループで多くの共感を呼んでおりました。彼らの、安心・安全な野菜と食品の流通を通して、人々の健康を考え、有機農業への転換から自然循環を保護して行くのだ、という高い志こそが、この活動を支えていたのでしょう。

 私がJACについて評価しているのは、“農”への回帰志向とナチュラリスト的感性でもって、個々の独立自営の八百屋を創出しながら販売ルートを作り上げてきた点にあります。そして、私もナイナイづくしの中で、JACとの関わりを通して育ってきたのでした。

 ところで、我が店名の、“無農薬八百屋”から“自然食糧品店”への変更は、我が店舗の取り扱い商品の多様さが、八百屋という範疇を超えたためですが、それでも食料品店でなく“食糧品店”としたのは、心身を養う“心の糧”がこもった店へ作り上げて行かなければという強い思いがあったからです。胃袋を満たす食料品を販売するだけの店にはしたくなかったし、儲けることだけを考える商売や事業目的であってはならないと考えていました。そして、“自然食糧品店”グルッペであるにもかかわらず、私がなぜ八百屋にこだわるかと言えば、伝統的業態としての八百屋の感覚と感性に、限りない愛着を感じるからなのです。

 そう、私の 心の中は、100%八百屋の感性なのです。朝露に濡れたキャベツ畑、大根畑やトマト畑、あの色合いや新鮮さ、そして、それぞれの畑がかもしだす香りやボリューム感、それぞれの畑を見るにつけ、誰でも八百屋をやれば、収穫物を店頭に山盛りいっぱい並べて、量販したくなるものと思うのです。やはり、八百屋は“勢い”です。元気でなくチャー八百屋にはなれないのです。そして、“量販する有機八百屋はおもしろい”このテーゼは、如何なる時代にあっても永遠の真実なのです。

 我がグルッペはこれからも全国の生産者の思いや声をそれぞれご家庭の食卓に届けられるよう、そして、皆さんの健康生活のお役に立つようにさらに頑張ります。

 土の香りのするチョットおシャレな八百屋として…。
 そして私達は“街を耕す土百姓”として活動していきます。

次回につづく