2003年3月号

 第3回  文:稲津恒巳
 小売店の経験もなければ、八百屋での青果物を取り扱った経験もない、ド素人にとって、唯一寄って立つ瀬は無農薬。無農薬の安心安全な食べ物に(新鮮度に関しては時として首をかしげる場合もありましたが)、店舗やわが身の風采のみすぼらしさを吹っ飛ばす、心意気とやせ我慢だけだったのです。今にして思えば、この無農薬野菜販売という未体験ゾーンの中で、十分な商品知識がある訳でもなく、経営上の個々の問題やお客様とのコミュニケーション等々、日々の業務がスムーズに運ぶと思ったら大間違いで、気に入らないお客様とのトラブルや、仕入れと販売の不均等発展とそのアンバランスは経営の根幹をむしばみ(要するに赤字だらけ)、鏡に映る我が表情の情けなさに嫌気がさしたものでした。しかし、深刻な話ばかりでなく、今では笑い話になってしまうような失敗談もたくさんありました。お客様方には20年以上前の失敗で、時効ということでお許しを願いますが、その一つは、いわゆるごぼうの「猫跨ぎ」の問題がありました。

 或る日、ブッ太い「ごぼう」が入荷してきて、その「ごぼう」の生長ぶりに私は思わず、有機栽培で育てるとこんなにすばらしい「ごぼう」が生産できるのかと感嘆してしまいました。その素晴らしい「ごぼう」の大きさといえば、直径3〜4cm、長さは1m以上でした。お客様にその素晴らしい「ごぼう」をお勧めしていたところ、店に立ち寄った中年の男性にケゲンな顔をされて、「よくもこんなブッ太いゴボーを平気で販売しているな」と注意されたのです。恐らく農家出身の方だったのでしょう。その男性が言うには、「こういうごぼうは猫跨ぎといって、猫が跨いでとおらなければならない太さのため、芯にスが入っていて、味も大味のため、通常市場に出荷した場合には規格外で価格も味も半値の品なんだということだったのです。

 「猫跨ぎ」という言葉はこのブッ太い「ごぼう」のことを言うのかとは、ついぞ知らない私は「有機栽培といえば何でも大きく育ち何でも旨い」という短絡した理解程度を深く恥じ入った次第でした。考えてみれば作物には適時収穫時期というものがあって、その時期を外すと筋は硬くなり、味は落ちるし、トウ立ちもするんだと始めて納得したわけです。それにしても埼玉の生産者はお人柄が悪いようで、一言くらい説明があってもよかったのではないか、と当時は恨みがましく思ったものです。さらには小松菜というサイズの葉物が、「大松菜」といういわれるほどに成長して出荷されたり、人参・ジャガイモにいたっては、使いやすい適度の大きさのもの(市場価格で一番高いもの)が全くなく、小さすぎるサイズのモノ、大きすぎるサイズのものばかりが入った箱が店に届けられたりで、私たちの不勉強や商品知識の未熟さに、「無農薬栽培だから」という枕詞で生産者からいいようにされた時期もあったのです。そのようなわけで我が無農薬八百屋が青果物を取り扱うにあたって常識的な鑑識眼と知識を養うには、以後5、6年の期間を要したのでした。

 生産者の名誉のために一言付け加えておきますと…

次回につづく