2002年7月号

その12   文:稲津恒巳
 今から思えば私は四十才を迎えるまでに確実に癌か脳血栓かその他の病気を患って、”我が鮮やかな人生”? は只の野垂れ死にとなって、その一巻の終わりを遂げていたことは間違いありません。そんな体調と気分になったのも会社勤めの悲哀か対上司、対同僚との関係や仕事のノルマなどで常にストレスを抱え、その捌け口を安酒場で仕事の評価や進め方、対上司との関係などなど、同僚との間で不毛の論争に明け暮れてきたからなのですが・・・。そのことで、多少なりとも救われるのはそれらのマイナスイメージを反面教師で学んできたことでしょうか。当時自分にとって、幾分の気負いを感じつつ、俺は男だ!自分に課せられた責任は果たす!上司がだめなら乗り越える!俺は会社にとって有用な人材でありたい!等等、まわりに熱きメッセージを発信しつつ数年後には退社して行くことになるのですが・・・。

 そんな若い時の経験があればこそ、現在部下からの苦言や批判があれば正面で受け止め、また部下を信頼し、いつもオープンマインドで接していられるのだと思っているのです・・。 ”食”という言葉が持つ奥の深さを知り、本物の”食べ物”に接することができ、それらの生産者、製造者の方々と出逢えた事がその後の私の生き方や価値観を大きく左右しました。

次回につづく