2004年6月号


『百日紅(さるすべり) 上下巻』
杉浦 日向子 ちくま文庫

 紹介するのはどんな本でもいいよ!そういわれてすぐに思い浮かんだのがこのマンガでした。マンガはマンガでもちょっとした変り種かもしれません?

 作者は以前、木曜午後8時からNHKで放映されていた「コメディお江戸でござる」で解説者をつとめていた江戸風俗研究家。

 物語の主人公は文化文政期に活躍した浮世絵師、葛飾北斎とその娘お栄。そして彼らをとりまく人々。そうです、これは時代もの(髷モノ!)マンガなのです。

 時代ものといっても堅苦しくなんかありません。人情ばなしに恋物語、不思議ばなしに怪奇モノ、コメディあり風流あり、そしてエロスありと、一話完結の短編がずらり三十話。

 すぅいすぅいと力みなく伸びる線で描かれた登場人物たちが飄々と江戸の町を歩きまわり、大きめのコマで切り取られた空の広い風景からは、まるで風がそよいでくるよう。なんて言うとちょっと大げさ?かしら?

 とはいえ、お天道さまと共に起き、闇深い夜を過ごし、米の飯と米の酒をくらい、ごく身近に存在する異界や物の怪たちと折り合いをつけつつ暮らす登場人物たちに、ゆるやかな強さとおおらかさを感じます。

 たまには天井の蛍光灯を消して、20ワットくらいの白熱灯の元で(行灯のあかり気分で)そう遠くない時代の空気を感じてみるのも悪くないかもしれません。

 江戸時代に関するコマカイ知識がなくたってぜ〜んぜん大丈夫、だって画面の七割は絵なのですから(ものすごい独断)。読めば即、誰でもできるたのしい江戸見物。

 十数年前に漫画家生活からきっぱり退いた作者の心意気に敬意を表しつつ、この本をお薦めします。

 一気に読むもよし、好きな話をくり返し読むもよし。眠れぬ夜のお供に最適。ああ今夜もまた読んでしまいそう。20ワットの消し忘れに注意です。

(荻窪本店 田中 知絵)