2004年5月号


『日本の米
―環境と文化はかく作られた―』
富山 和子 中公新書

 昨年の秋、私は池袋の書店でこの書籍に初めて出会いました。思えば、数ヶ月前、友人から酒の席で私の現在の仕事を勘案したのか、当著者の一連の書籍を読破してみろと、強く薦められていた記憶が甦ってきたのでした。

 友人の助言通り、ページをめくるごとにその一行一行に力強い説得力と、これまで私が抱いていた稲作の歴史に関する漠然とした知識を一変させる言葉を感じとったのです。そしてこの「日本の米」の二百二十頁がなんと新鮮な文章であり、なんと感動的な豊醸の文章であった事でしょう。(同時に私の浅学非才に恥じいった次第ですが)

 著者が教えるところ、日本列島に稲作が伝播して以来約3千年の歴史の中で、この列島に生きづく多くの先人達によって稲作を通して築かれてきた文化と国造りに、改めて深い畏敬の念を持ちました。

 今日の工業化社会の中で、現在に至るも森林面積が国土の70%を占める狭い国土の中で、1億2千500万人の人口を養える土地の生産力とは麦やその他の穀類ではなく米づくりがあればこそ不可能を可能にしたと語っています。そして列島の自然の豊かさとは地球上の緯度や経度等、されに海流や季節風の地理的条件によって無前提に与えられたものでなく、稲作が始まって以来、今日に至るまで先人達の血と汗と苦闘によって諸処の条件を克服した結果だと著者は言うではありませんか。

 平野部の少ない地形の急峻さのなかで雨が降れば洪水、日照りが続けば濁水になり、加えて地震の多発、火山の噴火という環境の激変をいくらかでも緩和させようと、山岳部や中間地域に絶えず植林をし、火山の瓦礫の中や、渓谷の地域を造林して水を作り、水を溜め、植勢を繁茂させてきたのです。

 今日の列島のほとんどの平野部は、遙か古代では、湿原であり、葦や茅でおおわれその足許まで海水によって洗われていたと云うではありませんか。

 今日の穀倉地帯である関東平野は大宮や鴻巣までも海水に現れ地殻変動による海の後退後においても葦沼であり雨期とも鳴ると利根川や荒川は氾濫源となり、7,8百年前までは大湿原だったと云うのです。さらに利根川は荒川と同じように東京湾に流れ込んでいたのを2千年に亘る開拓と土地の造成によって、流れを変えさせ、今日の姿を見たというではありませんか(何と壮大なる大土木事業であったことか!)。

 同じく小曽川の濃美平野、淀川の大阪平野を始めとして日本の主要な平野部は紛れもなく米が作り、米であればこそ土地が作れたと著者は語っています。そして米作りがあればこそ土地の劣化を防ぎ、自然の荒廃を防ぎ、三千年の米作りを可能にしたと著者は述べています。(西欧文明の源、地中海文明の森林破壊となんと違うことか)

 私達が「日本人とは!」日本人のアイデンティーを問うとき、日本の国造りや日本の米作りを通して養われた歴史と自然観を思い、日本のフォルクスガイスト(民族精神)とは、と今一度、問い掛ける時代に来ているように痛切に思うのです。

(代表 稲津 恒己)